ブログトップ

暖炉に火をくべて

caorena.exblog.jp

音楽、家族のことなどを、時々。

<   2016年 12月 ( 2 )   > この月の画像一覧

後半です。

元春「老人をテーマにした曲が多いですよね」
源ちゃんはラブソングを書くとき、自分のこととか同い年の人のこととして歌うとコッパズカシイが、老人をテーマにすると自分と距離が出来るから恥ずかしくなく、するっと言葉が出てくるのだそうだ。
元春は「老人をテーマにすることによって、日常の中にはぐくまれてきた愛に言及することが出来る、それは物語にしやすい」。
源ちゃんが物語性のある詩を書く理由は、物語を紡いでいく中で、聴く人が登場人物に自分を投影したり感情移入したりしてその人の歌になってくれるからだと。
しかし、ここで源ちゃんは面白いことを言う。

「共感してほしくはないんですよ」

その人の歌になってくれるから物語性のある詩を書くといいながら、共感してほしくないとはどういうことか。
元春も「ちょっと待って」と確認。

源ちゃん「共感は、同じことを思っているとか経験しているとかいう人だけがすること。でも若い人が老夫婦の歌を聴いたとき、自分はまだ(老夫婦という生活を)経験していないわけだから、自分をその中に投影はするけれど共感はしていない。でもそこには、共感よりもっといいものがあるのではと思う。
人間はひとりひとりバラバラなものだから、それを共感というもので繋いでしまうともったいない。それぞれが個立して自分というものを持ったまま一緒にいるということはできないものかなぁと。」

つまり「わかるわぁ~」という安易な同調はいらない、っていうことなのかな。

元春は真剣に聞き入って「今星野さんはとても大事なことをおっしゃいましたね」と言った。
「たとえば震災後、多くのソングライターズたちが書いた曲があって、『希望』『絆』と言った言葉が街にあふれた。僕は多少違和感を覚えた。共感を求めるあまり、何か作者の自意識のようなものがオーバーに出されたのではないか。
歌というのは、共感をとりつけるものではなく、もう少し聴き手の想像力を信じて、鷹揚に構えてみようというものなのではないか、と、今星野さんの話を聞いてハッと気づきました。」

この件では、私も、震災後の幼稚な話し言葉の羅列だけの頑張れソングの横行と絆絆という風潮、歌に辟易していたので、元春の言うことには「そうそう!」と頷いてしまった。
それにしても、まだわからない。共感よりもっといいものって、何だ?

定型質問のあと、楽曲【ばらばら】
の歌詞の中の「あの世界とこの世界 重なりあったところに たったひとつのものがあるんだ」という部分にスポットを当てて、さらに探っていく。

源ちゃん「例えば赤い色と青い色があって、このふたつは決してひとつには成れないけど、重なった時にひとつの色ができる。それはどちらかが形を変えているのではなくて、ただ重なっているだけなんだ。これは人間関係にも言えて、『君と僕はひとつさ』なんていうのは嘘つき!でも『君と僕はふたつさ』と言われると『そうだな』と。それぞれが個立して自分というものを持っていて、ふたつのものが自然に重なった時に何かすごく大事なものが生まれるんじゃないかと。」

なるほど。
ふたつのものがひとつになってしまったのでは、想像にリミットが生じるように思う。できることも限られてしまう。
でも、ふたつのものは、あくまでもひとつとひとつ、そしてそれらが重なる時、想像が広がり、新たな何かを創造できる可能性が大きく広がるのではないか。
そういうことかな。




Part 1、ここでおわり。


結局「共感よりもっといいもの」って、何なんだろう。
「それぞれが個立して」「自分というものを持って」「ひとつになるのではなく、重なることで生まれるたったひとつの大事なもの」。

ずーっと考えていたんだけれど、私なりの「共感よりもっといいもの」は・・・ぼんやりと、「普遍」なのかなと。
自分は経験していないけど、何だか自分のことのように思ってしまう物語。
それが、おそらく「普遍的な歌」ということになのだろうと思う。

「普遍的な歌」は、感動的だ。
物語の登場人物とひとつになるのではなく、登場人物に自分を重ね合わせて、想像の中で誰にでもあてはまる内容になっていく。だからこそ、より心に響くのだと思う。


星野源ちゃん、これからもずっと、見守って(?)いきたいアーティストです。
今年は日村のバースデーソング歌いに来てくれるかなぁ。
[PR]
by caorena | 2016-12-07 10:07 | 音楽 | Comments(0)




この日記、ずいぶん前に書きはじめたものだったが、途中で止まってしまって、放送から時間もたってしまったので、お蔵入りかな~と思っていた。
そしたら、友達の一人が、待っているからアップして、と言ってくれた。

折しも、源ちゃん急病療養から復帰。
ということで、加筆して完成させましたので、ここに(2回に分けて)発表させていただきます(笑)




星野源ちゃんは、うっすらとSAKEROCKとして知ってはいた。
はっきり認識したのは、バナナマンのラジオ番組に登場してから。

ま~あ、ユニークな歌詞と、柔らかで心地よいけれど一癖あるサウンドと声に魅了され、そりゃーCDショップ大賞準大賞になるわなぁという。

その源ちゃんが、夏のビーチボーイズライブの前座に登場したとビックリしていたら、次にはなんと元春のソングライターズに!

元春は、いつもとはちょっと違い、心底感心するような感じと、息子を見るような柔らかい笑顔が印象的。
確かに、今までのソングライターズに登場した人たちとは違うタイプだよね。
基本、パンクな人だし。ブラックなのも好きだしね。

リーディングは、この曲かなと思ってたら、ドンピシャで当たっちゃった。
【くだらないの中に】
歌詞→


元春の歌詞にはぜったいに出てこない「臭いな」とか「首筋の匂いがパンのよう」なんてフレーズを、元春がどう読むのかとてもとても興味津津でしたが、そうねー、80%くらいはモノにしてた感じかな。
きっと元春も苦労したでしょうww
「流行に呑まれ人は進む/周りに呑まれ街はゆく/僕は時代のものじゃなく/あなたのものになりたいんだ」という部分でようやくいつもの顔つきになった気がした。


元春曰く、源ちゃんの「一番の魅力は、語り部的なストーリーテリング」。

楽曲【ストーブ】
の解説中、じーんときている風の元春。
これ、愛する人が火葬場で焼かれる時の歌なんだけど、歌詞だけ読んだら、たまらなく泣けてくる。でも、アップテンポの陽気な曲なので、すごく前を向いて聴ける。
元春「ただの“I love you”“You love me”ではなく、一つの映画にもなりうるストーリー。最後の一節が感動的。ピュアな愛の歌ですね」

源ちゃんの批評として「日常を唄う」という表現をよく耳(目)にする。
一見非日常に思える「火葬場」の風景を「日常」の一ページとして唄ったようなこの曲を聴くにつけ、「死」は特別なことではなく、誰にでも起こりうる日常の一部、というわたし自身の思いを裏づけしてもらったような気持ちになる。そしてそれは、元春のフィロソフィにも通じるようで、さらに興味深い。

また元春は「日本のポップソングは一人称の視点が多いが、星野さんのは大さんは(三人称)からの視点が多い」と指摘する。

元春が「このようにストーリーテリングのような楽曲を作るとき、何を思い浮かべて書くんですか、登場人物?ストーリー?」と尋ねると、源ちゃんは「歌にならなそうな言葉を入れたい」、そして「その言葉が浮かないで曲に溶け込んでいくようにしたい」と。それらの言葉から、イメージを広げていって、つくりあげるのだという。

番組でも取り上げられた【喧嘩】

は、『入れ歯』のことを歌いたかったと。
たしかに、見事に『入れ歯』が違和感なく、しかし確固たる存在感を持って曲の中にある。
長年連れ添った夫婦の愛の歌。プッと吹き出してしまうけれどもジンとくる、元春曰く「上質なコメディのスクリプトのよう」。

同じように、【茶碗】
では「禿げ」を入れたかったと。
源ちゃんが「禿げ」と言った時、「えっ!?」と、素で訊き返す元春が可笑しい。
「禿げを、コミックソングではなく、いかに真面目に歌うか。ちゃんと理由がある様にするかをやりたかった。」



後半は、源ちゃんの詩づくりの核心に迫ります。
[PR]
by caorena | 2016-12-07 10:04 | 音楽 | Comments(0)